2013年
12月
20日
金
2013年
12月
09日
月
去年出演したフェスティバルボムに来年また出ることになったので、韓国はムンレの会場やら街を下見してきました。ここいら一帯、天王寺や山王周辺とよく似てる
遊郭の隣りに巨大なショッピングモールが建ってるんだけど、この建設のときに遊郭の辺り一帯に立ち退きの話があって、これに反発した市民がモールにあるヴィトンにうんこを投げて抗議したんだって。ヴィトンにうんこって、、、
で、立ち退きは無くなった、って話。うんこには誰も勝てない
+
本番は来年3月、地元学生や子供たちとのコラボレーションになる予定です
2013年
11月
22日
金
奥入瀬の展示、さいごの3日間、11.22, 23, 24でクロージングツアーやります
+
大阪能勢の展示も24で終わりです。山のてっぺんなんで行くのに覚悟が必要ですが、そこでしかありえない体験なので天気のいい日にぜひー
2013年
11月
18日
月
フィリップが今いちばんしたいことを一緒にやろう、てことで、小さな会場でそれぞれが小さなライブ。急遽フィリップが連れてきて僕らの前に演奏したチェロの若い女の子、めがねの、変な髪型した、、、名前わすれたー、この人、めっちゃいいライブでした。チェロとデス声の。でもとてもきれいな。いつかまた会うだろうから忘れないようにかいておく。フィリップも以前みたときよりぐっといいライブでした
フィリップは今度遊園地でフェスを企画してるらしいので、リサーチを手伝うという名目で一緒にジェットコースターにのりました。ビフォアサンライズで
2013年
11月
13日
水
2013年
11月
11日
月
マニラでの何日目だか、日本でいうところのちょうどお盆にあたるような日に、大きな墓地をふたつ案内してもらった。お墓の周りに親戚一同があつまって、一日を先祖と共に過ごす。よりそって朝まで一緒に寝たりもするんだって。お墓のありようもそれぞれだけれど、どんな暮らしをしてようが家族のつながりはつよい。展示の制作中ほとんどを美術館周りのバブリーな一帯で過ごして、ちょっと外にでるとバラックが立ち並び、川はドロドロで、道路は排気ガスでモクモクで、どこへ行っても人が陽気で、親切で、シャイだけど人なつこかった。作品でも多くの人とかかわり、一緒につくったりして、ひっくりかえるくらいの衝撃的な事実に触れたりもしながら、時間がたつごとにだんだん愛着がわいきて、そんなおりに大型の台風が来て、パフォーマンスが中止か???なんて事態にもなったけれど、マニラは直撃を避けられてとくに大きな被害もなく、外に設置した作品もなんとか無事で、では南部と中部での被害はどうだったか、小さく済んでよかっただとか、いやたいへんな事態だとか、情報が錯綜しているなかでヨーロッパに移動してきた。空港の待ち時間に、ホテルについてから寝る前に、ニュースの情報が更新されるのを見ながら、ときどき日本の知人から安否を気遣う連絡を受け取りながら、ウィーンにきていまなお、フィリピンのことがついてくる。マニラでは着いた日の夜に教会でミサをみて、出国する日にショッピングモールで少女たちの合唱をきいた。それは前日の台風の被害を支援する義援金あつめのコンサートだったらしい。フィリピンの人は歌うのが好きなんだって。そういえばお墓にもカラオケがあった
2013年
11月
09日
土
現場に若者がたくさんいるなあ、とおもっていたら、なにやら展覧会に学部研修の一環でインターンとして受け入れられた地元の学生なんだそうで、でも仕事がなくて身体を持て余して暇してうろうろしてる状態で、でも何かやりたくて仕方ない雰囲気だし、なにより皆にこにこしていい人そうだし、じゃあパフォーマンスにでも誘ってみるか、と思いついて15人編成の即席バンドとなったわけです
展示作業の合間にいろいろと材料をあつめてもらったりアイデアを実践してもらったりしながら、だんだんそれぞれのキャラクターがわかるようになってきて、でも限られた時間だったので、結局本番前に得られたのは共通のルールとほんの少しの理解だけだったようにおもう
本番では案の定、きっとその場で誰も予想も期待もしてなかったようなおかしなこがおこり、僕はたのしくて仕方なかった。これはもうメンバーが最高だったとしかいいようがないです。バンドといってもそれは単なる言い回しでしかなくて、15人が決して一丸になることなく、群れることもなく、それぞれが独立した1ルールとして存在していて、びっくりするくらい全員「友達がいなさそう」で
でも途中に一度だけ、真っ暗闇で一人の女の子がある歌を歌いだして、それに呼応するようにひとりずつ、全員がおなじ歌を歌い出すという瞬間もあった。それは僕が出したサインが間違って伝わったせいでおこったことなんだけど、これがもうほんとうに美しくて。あとで訊いたら、あれは国歌だったらしい
そもそも今回のマニラは展示だけじゃなくてパフォーマンスやコラボレーションもやることになっていて、それぞれについてのアイデアをどれだけ現実的に詰められるか、みたいなところの勝負でもあった。で、展示がわりと予測不能なプロセスを踏まざるを得なくなったものだから、パフォーマンスのプランとして最初にあがっていた某アイデアをやれないことになり、ちょっとテンションが下がっていたのでした。だから、とっさの思いつきのわるだくみを知らない者同士で共有できたことが素晴らしかったし、今後の活動にも少しずつ影響していくのだとおもう
Venue: 98B COLLABoratory, 413 Escolta
Date/Time: 9 November, 18:00
Artists: UMEDA Tetsuya (Japan), Elemento(Philippines), Bent Lynchpin (Philippines)
2013年
11月
07日
木
美術館となりの池と大木で作品をつくりました。ゆっくり光が昇ってくと、コウモリがバサバサと騒ぐ。降りてく途中のところをダヤンがyoutubeにあげてたけど、紹介しないので気になる人はさがしてください
2013年
9月
21日
土
2013年
9月
14日
土
捩子くんが生まれ故郷て踊るっていうので、僕は「音をだす人」としてよばれて、実際にあんなに踊ってる捩子くんをみたのは初めてで、僕も客席でじっくりみていたかったなあ、なんておもいも抱えながら、しかも本人いわく白塗りしたのは10年ぶりだそうで、冒頭捩子くんは葉っぱを傘のようにさして自転車で場内をくるくるまわっていて、それはなんだか水子の霊のようで、僕は大玉をひきすりながら棒から落っこちないようにゆっくり移動していて、ずっと地元司会者がステージで「これはわれわれ、どうしたらいいんでしょうか、もうはじまってるんでしょうかねえ」「わかりませんねえ、謎ですねえ」なんて言い続けていて、僕の横では舞台監督の人が「いつ何をやるのかをきちんと説明して下さい!」と詰めよってきて、でも僕はあとで息を吐くためにマイクを飲み込んでるからこのとき話すことができなくて、そういえば開演前のサウンドチェックのときPAさんが僕の出音に対して「これは音ですか?」と質問してきたこととか、「風立ちぬ」のどこがすばらしいか、という話をしたら捩子くんが「その部分を確認したいから今すぐ見直してくる」といって楽屋を出てったこととか、公演が終わったあと捩子くんのお母さんが僕のことを「なんだあれ、おまえ(息子)の白塗りよりわけわかんねぇ」と言ったこととか
2013年
8月
31日
土
かなり久々なコンタクトゴンゾとのパフォーマンス、2日間で2回公演。それぞれ違う場所で、ちがう内容で。ゴンゾがアクセル踏みっぱなしの2日めがよかった。僕は小箱で化学やりすぎて酸欠になった
ほぼ手ぶらで行って、内容についても初日は現場合わせ、2日めは初日の反省点をうけてひとことふたこと詰めただけ。ゴンゾとやるときはこれくらいがちょうどいい
初日のパフォーマンスからの帰り道で、オーロラをみた。夜、海風で極寒の海岸線を歩いて帰って、そのまま道に迷って、住宅街を行ったり来たりしながらだんだんみんな無口になって、ある者は不機嫌になって、手足の感覚もなくなってきて、そろそろ帰り着かないことにはしゃれにならない、ってころに突然ササササーっと緑の光が上空を走って、ときに止まったり、くるっと巻いて帰ってきたり。みんなおどろいたもんだからぎゃーぎゃー声を出して騒いでいたら、近所の子供が窓をあけて「うるせーぞ!」と怒鳴った。光がゆらゆらと現れては消えてを繰り返すのを眺めていたあのときが、唯一アイスランドに来たんだなー、と実感した時間だったかもしれない
2013年
8月
27日
火
今月はじめからずっと青森の奥入瀬にいて、青森県各都市いくつかのお祭りをはじめて体験しました。どれもそれぞれに特徴があって楽しめたけど、弘前のねぷたがとてもとてもよかった。祝うのではなく、祭る儀式として。あるかどうかもわからないものに向かって祈りをささげているような
あるかどうかなんてわからないし、場合によってはあるはずもないものに向かってすすんでいく。奥入瀬では来月オープンする芸術祭のため、コンタクトゴンゾと志賀理江子との共作で廃ホテルを会場とした作品を準備していて、通常なら作品の準備にはいるために必要となるような掃除や解体、復旧などなどすべての作業労働を自分たちでやりながら、、というかむしろそれしかやっていないのだけど。でもどこかに到達しそうな予感はある、というかもう既にじりじりときている
十和田奥入瀬芸術祭
移動の合間をぬいながらすすめてきた能勢妙見山のほうはこれより1週間はやいオープンで、今頃もう完成しているはずだったのが結局来月にも作業をのこしてしまって、急な予定のたてなおしに迫られております。でもこれもつよい作品になるとおもうな
能勢電アートライン
プレスリリースっぽいPDFしかみつからなかったけど、サイトとかつくらないのかなあ。広報のことはわからないけど、ゆるいイベントみたいにみえて勿体ないとおもう
妙見山という環境もおすすめです。都市から近いわりに人里離れた感がはんぱない
2013年
7月
29日
月
展示の下見とうちあわせで、バンコクからマニラ。提示される展示場所が空中とか噴水とか大木とか、もはや初めっから展示室と関係ないとこばかり、、、これは作品にたいする理解が深いのだ、、きっとそうだ
マニラでは展示と別枠の打診でちょっと離れた巨大な廃墟にもつれてかれた。到着と同時にマニラ中心部のバブリーな雰囲気に若干引いてしまったので、郊外に出るのはいいかもしれない
バンコクの美術館屋上から。展覧会はマニラが11月はじまりで、バンコクが12月。設営はどちらも高所作業になりそう
+
マニラでは担当キュレーターのひとりが古楽研究者だったってことで、移動途中で大学につれてってもらって、たまたま居合わせた学生さんたちが僕らのためにガムラン演奏を披露してくれました。研究過程でリイシューしてるという50年代、70年代、80年代録音のレコードも数枚いただいてホクホク。聴くのがたのしみ
2013年
7月
24日
水
東京の翌日から能勢妙見山の山頂にて、展示の制作作業中。現場はほんとにほんとの山頂、三角点。下見のときにみつけた、築100年、使われなくなって30年以上雨風にさらされたぼろぼろの茶室を、ちょっと変わった解釈でもって修復してます。大川さんと、おなじ山にある万屋さんという古い宿屋さんのおじいちゃんおばあちゃんにお世話になりながら、ときどき辰巳くんなんかも一緒に、木を切ったり、砂を担いだり、こねたりひいたり固めたり。はじめ資材を山頂に上げるのにまる2日間。荷物をかついで山道をのぼりながら、あまりの過酷さにフィツカラルドの山越えをおもい浮かべてしまった。でも高所ですずしいし、周りに何もない分作業に集中できてとても気分がいい
これは能勢電100周年を記念しての催しで、公開は9月半ば。展示会場は能勢電各駅およびその終点としての能勢妙見山一帯。僕のは山に登るケーブル、リフトおよびその山頂の茶室を作品の導線として、山ひとつを空間にみたてたような作品になります。詳細はまた追って、展示の告知欄にて
2013年
7月
16日
火
seikae両人とは前日にちょっと会えたので、いろいろと考えることはできて、クレープを焼きながらトークします、というので、僕はそこをときどき垣間みるオバケのように、行為も能力もまったく役に立たない背後霊として。あるいは異次元転送に失敗して声だけが現実世界に取り残されてしまった科学者のように、たどたどしい会話に横やりを入れる超現実として。あの熱気の中割烹着きてクレープ焼いてお湯わかして、アタマふらふらになっただろうに。ふたりの関係性や屈託ない人となりが如実にあらわれていて、ラストで関係性をひっくり返してしまったところの無邪気な手際といったら、本当にすばらしかったなあ、と僕はおもいます
久々に会った客席のSさんに「期待してた内容と違いすぎてなんだよこれとおもったけど、我慢してみたよ」といわれた
2013年
7月
15日
月
もともとは大阪だったし軽いのりで引き受けたのが、わざわざ東京まで出向いてやるとかってなるとさすがにのりだけではすまされなくて、現場に行ってみるとそれなりに緊張感もあったりして。しかもまけてしまったもんだから、え、これでおわり?みたいな。こっちのテンションとは関係なく、まけてしまえばそれでおしまいという勝負の世界の現実に、長いこと直面してこなかったなあ。まあ安パイは置かなかったからいいんだけど。でも東京の方々を脇からみていて、いろいろと勉強になりました。やっぱり少しでも長く歴史があるところにはそれだけのイノベーションがある
決勝戦がとてもよかった。コマの数とポイントのバランスで心理戦が深まってスリリングでした
2013年
7月
02日
火
3部構成のなか、その1部は、まさかのデスクトップの光を浴びながら座るという、生まれてはじめてのラップトップコンサートでした。とは言っても使い方が普通じゃない、いわゆるそれとは対極にあるようなこと。楽しかったのでいずれいい機会に恵まれたら日本でもやってみようかな。2部は場所を移動してからの、いつの間にか巻き込まれてしまうようなやつ。3部はまたOTOに戻っての静かなセット
ジョンは僕のライブをOTOの隣りにできた新しいスペースのプレミアにしようと考えていて(ちなみに元からあるスペースのプレミアはさやさん)もちろん引き受けたけど、場所をみると予約に対してちょっと狭かったので、お客さんを二手にわけて入れ替え制にしつつ、別会場で皆がやったことを無線で飛ばしてOTOのお客さんに聴いてもらうという、題して「コンサート for
ウェイティングピープル」。ライブの前にいつも雑なスケッチをかくけれど、きのうのために描いてやらなかったことを、こちらでやってみた。前半と後半で違うことをやったので、それぞれ自分が参加してないほうのセット内容は音から想像するしかない
部分的にかなり振り切っていて、やりたいことをそのままやったかんじ。僕にとってロンドンって何でもやっていいような気にさせてもらえる不思議なところだ。そしてそれを受け止めてくれる懐の深い土壌がある
7年と少し前、はじめてロンドンで展示とライブの作品を発表したとき、それほどたくさんが見に来たわけじゃないけど、熱意をもって受けとめてくれた人がいて、それきっかけでヨーロッパのフェスティバルにも呼んでもらえるようになり、それを抜きにしても、いろんなものを見たり聴いたりしたあのときの体験が今とつながってる
デールはもうすぐ赤ちゃんがうまれる
2013年
7月
01日
月
会場はサウスロンドンギャラリーよりさらに南の、元教会、天井が高い石造りの古いたてものココ。前と後ろ双方に巨大な両開きの扉があり、開くとフレームに切り取られた風景、風にゆれる木々とそこから飛ぶ綿毛がなんとも味わい深くて、それきっかけで今回の導線が決まった。木々に万国旗が飾られていたので、いつのものかを尋ねたら、地元の人たちが感謝祭かなんかのイベントをしたまま放ったらかしのものだから外してもらえるとむしろ助かるとのことで、ありがたく
Photo : Ollie Hammick
キュレーターのサイモンが送ってくれた写真。見たいという人がいたのでここに載っけときます
+
こういうライブについて、未知と経験との臨界点をここ数年ずーっと探っていたら、得られた手がかりの幾つかが少しずつかたちになりつつあるようで、ライブ中こういう新鮮な感覚が持続するのは久しぶりだなあ、とおもった
2013年
6月
30日
日
ユーロスターに乗ろうとしたところワークパーミットに日付が入ってなかったせいで止められてしまい、確認がやたら長引いて、振替チケットをもらって結局もう一晩ブリュッセルに滞在するはめになった。なんで確認が長引いたか訊いたら「我々のコンピューター処理が遅いからだ」て悪びれる様子もなくいわれるし、その場でふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じたのだけれど、起こってしまったことはしかたないので、明日以降のことを心配するのもやめて、マチアスと悠ちゃんところでおすすめのレコードを聴かせてもらったりゴジラを観たりしながら楽しく過ごしてしまった。そしてちょっと寝てがんばって早起きした今朝のパスポートコントロールには昨夜と同じお兄さんがいて、きのうはゴメンね、みたいなかんじで笑いながらさっと通してくれて、いやー、昨夜ケンカしとかなくてよかった、と心からおもったな
2013年
6月
28日
金
マクラウド&アンヌ邸にある一室、ホテルラスティークで小さな展示と、キッチンにおける小さなライブ。ここに宿泊した人が展示を残していくという、2人が継続しておこなっているプロジェクトで、ディアフーフさとみちゃんも去年やってたやつ。来た人を簡単なインストラクション付きで玄関→キッチン→リビング→トイレ→ホテル部屋まで誘導して、その間に思い出しながら描いてもらった小便小僧の絵を壁の好きなところにはってもらう。愉快な結果になりました。マクラウド「1000個たまったら本にしよう」
ブリュッセルではちょうど音系のフェスをやっていて、そこに参加していた昭男さんや恩田さん、リー、りえさんらも来てくれて、ハイネと篠崎さんも来て、昔いちど大阪で会った古城さんらも来て、マクラウドの友人たちもたくさん来て、アパートがパンパンになった。来週のマクラウドの誕生日には、パペットショウをやるそうです
2013年
6月
24日
月
ハイネと篠崎さんの作品をみたのは2011年1月、横浜でwe
danceのWSをやったときに岡崎さんから「梅田さんにみてほしいのよ」とお誘いいただいてのこと。ある建築設計事務所でおこなわれた「Field
Works-office」というその作品は、なんともいえない品があって、でも痛快で、こんな人たちがいたんだなーとうれしくなるような内容だった。それから2年がたって、岡崎さんから今度はハイネと篠崎さんと一緒に作品をつくらないかというお話をいただき、ドラマトゥルク(ってわかるのかな?僕はしらなかった)として去年のフェスティバルボムでちょっとお世話になった李さんが入って、5人でもってプロジェクトが立ちあがったのです
で、今回。ベルギーのルーヴェンとドイツのエッセンで半分ずつ、トータル2週間ほど、ハイネと篠崎さんと一緒に作品づくり、というかその前段階みたいなことを毎日毎日からだをうごかして試行錯誤しながら、そのあと李さんと岡崎さんも一緒にあーだこーだ話してはまた思考実験を繰り返すようなことをやっておりました。これがなかなかに刺激的で、自分の興味と向き合うとってもいい機会、かつ心地よい?修行の日々でした。ハイネも篠崎さんもとってもおもしろく、李さんも岡崎さんもまた別の意味でおもしろく、まだこのさき舞台作品になるか展示になるのかその中間あるいはまったく別のものか、などなど具体的にどういう展開になるかはまったく未定だけど、おもしろい作品になることは間違いないです。僕らはすでに重大な何かを発見してしまった。ような気がしている
口から液体のハイネ
彫刻にとけ込む李さん、ハイネ、篠崎さん。これも修行なのです
+
エッセンはPACTってところを拠点にしていたのだけど、ちょうどパフォーマンスのフェスティバルをやっていて、いくつかみたなかの一つ、イギリスの振付家ジョナサン・バロウズとイタリアの作曲家マッテオ・ファルジョンという2人組の新作がめちゃくちゃおもしろかった。いわゆる正当派の舞台作品で、動作と音楽、実在と不在の関係性にここまで深く対峙しかつ成功しているものを初めてみた。しかも軽やかに、おちゃめ
2013年
6月
07日
金
十和田から仙台経由でもどったまま突入したので、初日はなかなか切り替えに手こずったけれど、3日めにはパフォーマンスとしておもしろいものがつくれた手応えありです。20人それぞれが内にこもったまま外に開く、独立したまま共謀する。実際外に出られたらもっとよかった
僕は人前でしゃべるのが本当に下手というか苦手というかもう大嫌いです。対話だったらいいのだけど、集団あるいは公にむかって話すことはなんとしてもやりたくない。けどあのやり方だと個人に話しかけている意識はあっても、集団にむかってるかんじがしない。きいてる側にまわってもそうだ
これはつきつめるともっともっともっとおもしろくなる。自分とは距離のある境遇にいる人たちとやるのもより両者の関係性が際立つかもしれない
とかいいつつ、これまでに1回こっきりしかやってないようなことでも、つきつめる甲斐のあることや、未消化なことがたくさんある。すっかり忘れてしまってることも多いし、やりっぱなしはよくないなあ
2013年
6月
06日
木
2013年
6月
04日
火
あちこち行ったり来たりしてる合間をぬいながら、一昨年大阪は西成の山王でやった個展「小さなものが大きくみえる」から続くbreaker projectの集大成として、来年開催の個展を準備しています
先月は空き家をまるまる一件舞台に作品をつくって数日間だけ限定公開してました。あまり深いことは考えずに、得意なことだけを盛りだくさんで。町内の回覧板で告知をまわした隣人たちに向けての展覧会
作品がことばや写真でつたえられないのでやったこと。これをきっかけに、町内の使われていない場所や素材を提供してもらうのがまずの目的。公開時には立ち会えなかったけれど、いろいろ町の人たちからの反応はあったようです。一昨年の展示と合わせ技で、あとここには書いてこなかったけど密かにじつはちょいちょいやっていた活動を通じて、地元に根ざしてきている実感が、少しずつ
本開催は来年の2月、タイトルは「O才」です
+
と、秋以降に十和田市美術館開館5周年で開催される芸術祭の絡みで、4月から青森の奥入瀬とを行ったり来たりしてます。これについてはまたいずれかきます
2013年
5月
06日
月
会場の家が超普通の住宅地にあることや、ご近所さんのイベントに対する理解の深さにおどろいた。万平さんは、自宅でイベントをやりたくてここに引っ越したらしいので、日頃からいい関係を築いてるんだろう。僕のライブは、マクラウドに何やってもいいとつたえておいたので、あんなことになった。内容の自由さ+メンツ的に去年のファルジェランダを思い出す。あれはまじで神憑ったフェスだったなあ。いろんな意味で
皆それぞれいいライブで、ごはんも色とりどりでめちゃくちゃおいしくて、細かいところまで作り手の愛情に満ちたいいイベントでした。さいごは米子くんが散歩に行ったまま行方不明になるというオチもついて終了
レポート
2013年
5月
05日
日
2013年
4月
06日
土
2013年
4月
05日
金
2013年
3月
30日
土
円ジャンという名前はある地点でなくなったけど、円盤がネストでやってるお祭りであることには変わりない。円ジャンのときから一貫して、見る側に意欲さえあれば、かなり特殊で、濃密な音楽を体験できるイベントだった。必ず毎回、そこを仕掛けてくる。このイベントのあり方は、レコードを掘って掘って掘りまくって、きいてきいてきき込んでる田口さんそのものだとおもう。レコード屋をまわって、お店の人と話したり、本を読んだり、前に買ったレコードのライナーを手がかりにして、あるいはジャケがいいというだけだったり、なんらかの直感だけで、きいたことの無いレコードを買う。それが自分にとって生涯の一枚になるかもしれないし、心底つまらないとおもうかもしれない。でも、それを繰り返すことが、音楽を聴く耳になり、世界を見る目になり、自分を知るきっかけにもなる。音楽にはいろんなきき方があって、もちろんどうきくも自由だけど、最近はいろんな方向に裾野が広がってる反面、濃密な音楽体験というのはしづらくなってる部分もあるような気がする。だからこそ、受け手に手間を要求してでも、濃密な音楽体験を仕掛ける。そんなイベント
出番おそめですー
2013年
3月
23日
土
ほぼ同時期くらいから演奏活動をしている即興ヤンキー(って最近いわれなくなった)半野田拓の誕生祭で、初の音凪さんライブ。半野田くんが「梅田くんは弾き語りをする」という謎の嘘を広めまくってたので、どうせなら乗っかってやろうじゃないかと、僕なりに解釈しての引き語りライブをやりました。結果、山路さんもゴンゾくんも、全員弾き語りのホクホクなライブでした。決してギターを引いたり歌ったりしたわけじゃありません。音凪はごはんも飲み物もおいしくていいお店でした。おすすめ
2013年
3月
09日
土
今回の教訓:長丁場のときは必ず朝食をとること
応用編では別のゆるやかな崩壊、違ったかたちの暴走を準備してたんだけど、後半アタマふらふらで事故任せみたいになってしまった。なんで応用編は納得いってないけど、飛び入りしてくれた人のおもしろいところがみれたのと、エンディングであることを認めないエンディングはきらいじゃない
今回はNAMURAのときほど複雑じゃないので、参加してくれた人の紹介をかねて、その部分だけちょこっとタネを明かすと
要所要所でアキビンを吹きながら登場してたのは山崎伸也さん。彼は江崎將史率いるアキビンオオケストラの東京在住メンバーで、僕は正式にこの日が初対面でした。まったく同じ時間帯に、大阪FLOATではアキビンオオケストラ総勢20名ほどによる、ほぼフルメンバーライブがおこなわれており、彼らがある楽曲を演奏するときだけ、その音声が中継されて山崎さん自身の体から発音するしかけになっていた。その音声きっかけでVacantの舞台に登場する山崎さんの姿と音声は大阪の会場に中継され、大阪に集まったメンバーたちと共演を果たし、これを大阪のお客さんがみていた、のでした
ちなみに基礎編と応用編の間のインターバルのときに、江崎さんと山崎さんが声を張り合いながら演奏のリハーサルをしていたので、その現場にいた人には何をやってるかがなんとなく伝わって、、、ないな。むしろ混乱する
中継ポイントはもういくつかあって、基礎編の途中で山崎さんから発音していた会話はO:NIKU
Stationこと桂くんがMBSの取材を受けている現場。応用編の途中での会話は、海外に済む某友人が結婚の準備のために一時帰国し、相手のご両親とご兄弟の家に挨拶に行って、対面した場面。どちらもわりと緊張感ある現場がリアルタイムにつながっていたことなんで、結果がどう転ぶかまったく予想もできず。応用編のときは、中継がつながったのが、ちょうど同時にいろんな出来事が起こって混沌としたタイミングだったので、会話が聞こえなかった人がほとんどでしょうが、あくまでこちら側の心理に作用するためのトリックなので、そこはあまり重要じゃなくて。ちなみにこのとき、大阪の会場ではアキビンオオケストラの宮本くんが、同棲している彼女がいることを父親に明かして初対面させるというライブをやっていたらしい。全く予期しないところでそんなシンクロニシティがおこっていたとは、、
平手でカチンコを打ちながらどこか不思議な撮影をしていたのは、テニスコーツなどの参加でおなじみ、しのっぺんくん。イベントに記録撮影が入ることをきいたので、それを丁重にお断りして、かわりにカメラを一度もさわったこともないしのっぺんくんにお願いしました。インターバルのとき「あの人だれ?すごいおもしろい!」と捩子くん。 本番直前ぎりぎりにカメラを持ってきてくれた西光さんありがとう
途中ひもを引っ張ったりしてくれたのは常連の時里くん。終始ラップトップの前に座ってましたが、実は山崎さんがアキビン吹いて回ってるのを大阪の会場に中継していただけ
そして最後にビンの輪っかに入って抜けてったのが、受付にいた中堀くん。と、応用編では放し飼い状態だった捩子くんと、なぜかパジャマの植野さん
基礎編のときにかかってきた電話は、イベントにまだ入れますかの問い合わせ2件、会場までの道順の案内願い1件、翌日の志賀理江子トークの問い合わせ1件、関係ないお店への電話が何件かと、ライブを見たがっていた雨宮さんから「今どんなことやってんですか?」の質問1件。応用編では、基礎編だけで帰ったお客さんからの感想が2件、その他は、ほとんどはワン切りの、おそらく会場にいた人が本当につながるのかを確認してかけただけであろう電話と、僕のライブを邪魔したい人(または干渉したい人)からのいたずら電話でした
ちなみに終わったあとやたら質問されたけど、植野さんもねじくんも当然打ち合せみたいなことはなかった。植野さんなんて、見に来るとも言ってなかったくらいだから
何年前か忘れたけど東くんと奈良の山奥で遭難しかかったときにカモシカを見ました。後から調べたら、奈良にはには生息していないのだそうです。でも見ちゃったものはしょうがないよなあ
2013年
3月
07日
木
去年横浜で、僕の作品をみたことがあるという人から「これまでにつくった作品で自分がいちばん気に入ってるのはどれか」とたずねられたときに、守谷の 「門」と答えた。日没から夜明けまでオープンし、2晩ずっと会場のどこかでなにかをやりつづけた2008年の3月の個展
作品は出来不出来とは関係ないところでそれぞれに思い入れがあるものなんで順位をつけるなんてことはしたくないのに、考えるまでもなく答えがあっさりと口 をついて出たことに自分でもびっくりした。でもそれだけあの体験が自分にとって別格のものになってるということだとおもう。あのときしかやれなかったし、 似たようなことでも、きっとこの先も2度とやれることはない
で、明後日のライブとそれとはぜんぜん関係ありません。これももう「今」でしかない
2013年
2月
09日
土
ヤンヤンとアンソニーは2年ちょっと前に日本に来たことがあって、僕や昭男さんの香港行きはそのときから決まっていた。でも2年とか3年とか先の予定を決めてしまうなんて、不安じゃないのかなあ。その間にビッグバンがおこったり生命の謎が解けたりUFOに連れ去られたりしたら、展覧会どころじゃなくなるのに
2人の周りに集まってる20代前半の若いスタッフたちも全員熱心で、このイベントにかける熱意みたいなものが伝わってくる。僕は2会場で展示をつくったので時間的にはあまり余裕がなかったけれど、サポート体制もしっかりしていて、街であった人たちも含めて皆とっても親切でフレンドリーな人たちだったので、全ての行程をスムーズに、楽しみながらやることができた。作品は街中の見晴らしがいい事務所みたいなところと、国立公園のなかの池の上とで。どちらもいいものができたとおもいます
タイトルは展示を見に来た人のコンペにしたので、そろそろ出そろったかな?ヤンヤンいわく2週めくらいで15タイトル出てるそうなんで、送られてくるのが楽しみ
soundpocket事務所があるビルの隣りの公園にて。それぞれの関係性がなんて美しいじゃないですか。踊りだす女の子が本当にすごい
2013年
1月
26日
土
街を歩いてるだけで、小さい頃みていた香港映画がどれほど自分のなかに刷り込まれているかを実感する。竹で組まれた足場には酔拳を思うし、よぼよぼのおじいさんや薄毛で太った中年がみんな達人にみえる。これはカンフーキッドに出てきたたお菓子だから食べてみよう、とか、大口(マース)にそっくりな人多すぎやなー、とか。とくに九龍の眼でジャッキー・チェンがバスの屋根を飛び移りながらアクションをするシーンの現場に偶然遭遇したときの感動がもの凄くて、わざわざバスを降りて見渡しながらジーンときて、自分にまだこんな子供の頃のままの心理が根付いていたことに驚いた
でも、ご飯の席で現地の展覧会スタッフにそれを話したときの冷たすぎる反応ったらなかった。香港では、ジャッキーは若者に嫌われてるんだって。理由は、国家や政治についての発言アホすぎるからだそうで、リベラルな考え方の持ち主はみんな嫌ってるんだと。でも作品をみたのかと問うと、どいつもこいつも見たこと無いっていうんだもん。悔しいので紙とペン取り出して漢字で名作のタイトルかきまくって、ジャッキーの悪口言う前にこれを全部みろ、とテーブルに置いてやった。そしてホテルに帰ってからyoutubeでジャッキーのNG集を見ながら涙を流すという、、
ちなみに昭男さんはどっかの国でカンフーの達人と間違われてサインをねだられたことがあるそうです。まああの風貌なら無理もないな。にこにこしながら「鈴木昭男って書いちゃった」だって
2013年
1月
26日
土
2013年
1月
13日
日
新年早々札幌から塁くんが来るってゆうんで、こりゃめでたいってことで、MC MANGOを迎えてのシアトリカルNEW O' MOCHIってことで、、、瞬間でひらめいたばかばかしいおもいつきを、米子くんの協力のもとそのまま具現化してしまった
これはもう、今日限りの独立国みたいなものですよ。イリュージョンですよ。植野さんと、塁くんと、米子くんと、あとうっかり浜松から同行してしまった2人と。そして大川さんやピリカや山路さんも。ヒスロムもみっこも塚ちゃんも。みんなやさしくてばかで天才だから、こんな狂った座持ちがさらっと実現するのが素晴らしいじゃないですか。本当にばかだなー。うれしいよ、ぼくは
theatrical new o'mochi
誰もみたことないお餅